青葉市子 – いきのこり●ぼくら



今回も中二の娘に教えてもらった楽曲となります。


ギター1本で描かれた叙事詩のようなこの楽曲。

現代日本の音楽シーンにおいて、これほどまでに「静寂」を雄弁に操るアーティストは滅多にいないかと。



ギター1本、声ひとつ。

でもそこは壮大な世界の入り口、またこの曲を語る上で欠かせないのは、極限まで削ぎ落とされた最小限の構成ということ。

ギターと、透き通るような歌声のみ。



しかし、そこにあるのは「弾き語り」という言葉では収まりきらない圧倒的に壮大な世界観。

特に2:08付近からまた別世界に持ってかれます。



「ギターは小さなオーケストラである」

かつてアンドレス・セゴビアが遺したこの言葉を、青葉市子さんは現代において最も純粋な形で体現しているのではなかろうか。

生と死が交差する、透明な詩の世界、タイトルにある『いきのこり』。 その言葉が示す通り、歌詞にはどこか終末論的な響きと、それでも続いていく生命の逞しさが同居しています。



この曲にちりばめられた言葉は、具体的な物語を語るというよりも、聴き手の潜在意識に直接語りかけるような不思議な魔力を持っているように思います。

情報が溢れ、ノイズに晒される現代において、青葉市子さんの音楽は「静かなる祈り」として機能しているように感じます。




ありがとうございました。